数字と評価が、自分の価値まで決めるように感じていた

仕事で数字や反応を見ると、どんな気持ちになっていましたか?

自分の作ったものを、ほかの人の発信と比べていました。「自分のものは面白くない」と思い、極端なときには、そんなものしか作れない自分には価値がないように感じていたんです。

発信すると、見られた回数や反応が数字で返ってきます。以前は、その数字が出る日になると何度も確かめ、「今日はどうだっただろう」と評価を確認していました。数字がよくないと、自分までだめなように感じて落ち込んでいました。

行動する前には、どんな怖さがありましたか?

何かを出せば、反応が返ってきます。確実によい答えが返ると分かっていれば動けても、実際には出してみるまで分かりません。

その不確実さが怖くて、「やめておこう」「言わないでおこう」と、行動しない方を選ぶことがありました。評価されることと、自分が行動することを切り分けられていなかったのだと思います。

「今までの頑張りでは頑張れない」──方向を探し直したきっかけ

それまでの頑張り方に、どんな限界を感じていましたか?

以前は、時間や余裕を削って、さらに頑張るやり方をしていました。目指すものがはっきりしていたときは、それでも進めたと思います。

でも、同じやり方を続けることが難しくなり、思うような手応えも持てませんでした。今の仕事をこのまま続けるのか、違う方向へ進むのか。はっきり決められないまま、日々もやもやしていました。

向き合い始めるきっかけになった言葉は何でしたか?

「今までの頑張りでは頑張れない」という言葉が、自分の状態に重なりました。無理を増やす以外の頑張り方があるなら、何かきっかけをつかめるかもしれないと思いました。

過去を振り返ると、仮でも進む方向が決まっているときは動けていました。だから、まず自分がどちらへ進みたいのかを、もう一度問い直す必要があると感じました。

不安や面倒さを、自分そのものと決めつけなくなった

行動を妨げるものを、どのように書きましたか?

書く項目の中に、行動を邪魔しそうなものを「妖怪」として挙げるところがありました。不安、面倒さ、眠さ、時間の足りなさなどです。

以前は、面倒だと思うと「仕事なのにやれない自分はだめだ」と受け止めていました。でも「妖怪」として書くと、少し離れて眺められました。もちろん、自分の中に起きていることではあります。それでも、それが自分のすべてではないと思えたんです。

その見方は、自己否定とどう違いましたか?

作ることも、考えることも、自分がしています。だから、結果がよくないと、全部が自分のせいだと感じやすかったのだと思います。

妨げを一つの出来事として書くと、「不安がある」「面倒だと感じている」と気づけます。そこからすぐに「だから自分には価値がない」という結論へ進まず、今の自分にできる行動を考えられる場面が増えました。

不確実な反応があっても、行動する自分を選ぶ

仕事で大切にしたい方向を、どんな言葉にしましたか?

最初は、「挑戦して進む」「面白いと感じることを探す」と書いていました。でも、どこかしっくりきていませんでした。

ほかの人の言葉にも触れながら、自分に合う表現を探し、「評価や不確実さがあっても行動する自分である」と置きました。よいか悪いかは後からついてくる。まず、自分は行動を選べる。その言葉が、私には合っていました。

数字との関わり方には、どんな変化がありましたか?

仕事以外の大切なことも、その日の行動として書きました。価値に沿った別の行動へ集中していると、数字が出る日であることを後から思い出すこともありました。

数字を見なくなったわけではありません。見ても、以前のように大きく上下せずに受け止められる場面が増えた気がします。数字が悪いから自分もだめだと決めつけるより、次にどんな行動を選ぶかへ戻りやすくなりました。

行きたい方向を問い直し、一歩ずつ前進する

進む方向が見えにくいとき、何を振り返りましたか?

週ごとの振り返りで、「本当はどうなりたいか」「これから何を得たいか」を書きました。何年後にどうなりたいかも、正解として決めるのではなく、仮の方向として置きました。

すると、「こちらへ進むなら、今はこの行動をした方がよい」と考え直せます。目標を見失ったときも、方向を再設定し、今の行動を修正する時間になりました。

これから、どのように進んでいきたいですか?

今も、進みたい方向が完全に定まっているわけではありません。それでも、評価や不確実なことを怖がるだけで止まらず、自分が置いた方向へ一歩ずつ進みたいです。

最後に振り返ったとき、自分が大切にしたい人やことを大切にし、価値に沿って行動したと思える生き方をしたい。そのための一歩を、その都度選びたいと思っています。

自分のことは分かっているのに、動き方が見えない人へ

参加前の自分に、今なら何と伝えますか?

私は、自分を振り返ることは得意で、自分のことも分かっているつもりでした。でも、自分をどう扱えば動きやすいのかは、よく分かっていませんでした。

不安や面倒さが出る場面、続けたいこと、やめたいこと、進みたい方向を書いていくと、自分の「取扱説明書」のようなものが少しずつ見えてきます。先の方向が分からずもやもやしているなら、答えを急ぐ前に、自分を動かすものと止めるものを言葉にしてみる。参加前の自分には、もっと早くそう伝えたいです。