動いているのに、何をしていたか分からない一日
以前は、一日の終わりにどんなことを感じていましたか?
一日は本当にあっという間でした。ずっと動いてはいるのに、振り返ると「今日は何をしていたのかな」と、よく分からないまま毎日が過ぎていました。
大きな不満があるわけではありません。でも、ただ流されて生きているようで、どこか虚しく、充実感を持ちにくかったです。出かけるような大きな楽しみが足りないのではなく、普段の一日をどう過ごすかに目を向けられていなかったのだと思います。
「心地よく過ごしたい」という思いは、行動とつながっていましたか?
心地よく過ごしたいとは思っていましたが、私にとって何が心地よいのかを具体的にしていませんでした。だから、心地よく過ごしたいのに過ごせていないという、漠然としたモヤモヤがありました。
例えば、部屋を整えることは面倒で、先延ばしにしていました。先延ばしにしている間も居心地の悪さは残るのに、そこまでを一つの選択として考えていなかったんです。
「何をしたら、その価値があるのだろう」──心地よさを具体化したきっかけ
大切にしたいことを、どのように考え始めましたか?
価値に沿う行動を決めるときに、初めて「私は何をしたら、その価値を大切にできるのだろう」と考えました。心地よく過ごしたいという言葉だけではなく、そのために何をするのかまで結びつけてみたんです。
すると、掃除を先延ばしにして不快な時間を長くするより、早めに整えた方が、自分が大切にしたい心地よさへ近づけると気づきました。掃除が面倒でなくなったわけではありませんが、行動する理由が自分の中で分かると、始めるまでのハードルが少し下がりました。
一日の行動を決めることは、どんな助けになりましたか?
朝に、その日選ぶ行動を一つ決めるようになりました。それは誰かから渡された課題ではなく、自分が自分へ渡す小さなミッションのように感じました。
一日の中で「今日はこれをどう実行しよう」と考えられると、周りの出来事だけで時間を使うのではなく、自分が選んだ方向へ意識を戻せます。終わったときには、どれだけ小さくても、自分で決めたことを行動にした手応えがありました。
心地よさを、掃除と身の回りの道具へ結びつける
日常の中で、最初に変えたことは何でしたか?
まずは、部屋を整えることでした。「心地よい空間で過ごしたい」という価値と掃除をつなげると、ただ面倒な用事として見るのとは違いました。今の不快さをそのままにするか、心地よさへ近づく行動を選ぶか、と考えられるようになりました。
心地よさは、大きな予定を増やすことだけではありませんでした。普段使う道具を、自分が気に入ったものに変えることも、その一つでした。
お気に入りの道具は、どんな存在になりましたか?
以前は、仕事で使う道具は用意されたものを使うのが当たり前だと思っていました。自分で選んだノートやペンを使う人を見ても、なぜわざわざそうするのか分かりませんでした。
でも、心地よさを大切にしたいと気づいてから、私もお気に入りの道具を使うようになりました。それに触れると、仕事の流れに入り込んで自分の感覚を忘れているときにも、ふっと「自分に戻る」機会になりました。当たり前だと思っていた選択も、本当に自分が選んだものか確かめてよいのだと思いました。
自分の軸を持ちながら、人の考えを聞いてみる
人との関わり方では、どんな行動を試しましたか?
私は、安心できる人とだけ一緒にいればよいと思い、人が集まる食事の場などを避けることがありました。自分の目的とは違う話を聞くことになりそうだと、行く前から悪い場面を想像していたんです。
一方で、振り返る中では、人と協力して何かをすることも大切にしたいと気づきました。そこで、普段なら帰っていた場面で、一度食事へ加わってみました。行ってみると、想像していたような場ではなく、それぞれの考えや経験を聞くことができました。
自分の価値が見えると、相手の話の聞き方は変わりましたか?
以前は、人の話に影響されて自分が揺らぐことが怖くて、嫌だと思ったものをすぐに拒んでいたのかもしれません。
自分が大切にしたいことを意識すると、相手の話を聞いても、「それはその人が大切にしていることなんだ」と分けて考えやすくなりました。否定する必要も、全部を取り入れる必要もありません。よいと思ったものだけを選べばよいと考えると、人の考えを聞く余地が広がりました。
日常を楽しみ、淡々と積み上げていく
これから、どんなふうに一日を過ごしたいですか?
私が大切にしたいことの中には、「楽しむ」こともありました。何でも無理に楽しく捉えるというより、限られた一日の中で、自分が大切にしたい方向へ時間を使いたいと思っています。
遠くへ出かけるような大きな出来事だけでなく、普段の生活をどう楽しむか。その日の小さな行動を自分で選ぶことが、私には大切でした。
将来の答えは、もう決まっていますか?
まだ、「これを成し遂げたい」という具体的な答えが固まっているわけではありません。行動を始めることで、後から気づくこともあると思っています。
今は、大きな結果を期待しすぎず、価値に沿う行動を淡々と続けたいです。振り返ったときに「ここまで積み上がっていた」と気づくくらいが、私にはちょうどよいと感じています。
答えを急がず、今日の小さな行動を選びたい人へ
流されるように一日が過ぎている人へ、伝えたいことはありますか?
私も以前は、動いているのに何をしていたのか分からないまま、一日を終えていました。そんなときは、まず自分がどんなふうに過ごしたいのかを言葉にして、そのために今日できる小さな行動を一つ置いてみるとよいと思います。
最初から将来の答えが決まっていなくても、掃除をする、好きな道具を使う、いつもなら避ける場へ一度行ってみるといった行動から、自分の感じ方を確かめられます。私自身、答えを急ぐより、今日の一つを選んで淡々と積み上げていきたいと思っています。